癌研病院時代

癌研病院での清掃の仕事は1年くらいだったろうか。

その頃は田無市(現西東京市)のアパートに住んでいた。
天気のよい日は50CCのバイクで仕事場まで行ったりしていた。

所沢にある専門学校の受験を目指していたわけだが、当時関わっていた、「障害児」を対象にした「ボランティア」が縁でいち早く現場に出る機会を得ることとなる。
と同時に清掃の仕事も辞めることになるのだが、今回は癌研病院の頃のことを書きたい。

ここの現場主任さんは、アルコールが抜けない感じでいつも赤い顔をした人のよさそうなおじさんだった。

2階3階4階と各病棟には、それぞれ責任者で男性職員がいた。会社に馴染めそうな人、馴染めそうもない人もいたようだが、そんな人たちにも役割を与えていた清掃会社だった。
病室の洗浄は、病棟担当職員がやっていて、洗浄班は共用部分が中心で、作業は比較的余裕があった。
そんなわけで、近くの現場から定期清掃の応援があると行くこともあった。特に音羽町の女子大生マンションの定期清掃には毎月必ず出向いていた。
そこの現場責任者から、「真面目に付き合う気があるなら、入居している女子大生を紹介してあげる」と言われたが、「真面目に付き合う」を真面目に考えた結果、紹介してもらわなかった。

さて癌研病院には病棟以外、共用部やトイレ清掃担当でおばさんたちが10人近くいた。
一人70才過ぎの人がいて、力がないので便器の汚れもきれいに落とせないと主任さんが話していた。
一度そんなおばさんたちと洗浄班とで外来診察室の床洗浄作業を一緒にやったことがある。
自分は当時まだ20代だ。
いつもよりペースがゆっくりになってしまうのにイライラして、いつも以上に加速して作業していた覚えがある。その70過ぎのお婆さん!は水の入ったバケツを運ぶのも大変そうによろよろしながらだった。

その頃の自分は清掃は社会の付録の仕事で、いずれ本来の仕事に就きたいと思っていた。
それは自分にとっては、人と関わる仕事というところまでは辿り着いていた。

30年以上経て思えば、仕事に付録と本来と差別するのは、当時の自分の未熟な傲慢さだろう。<あらゆるジャンルに貴賤なし。ジャンルの中に貴賤あり>だ。

そして人と関わるがイコール仕事となると怪しくなってくるところも増えてくると考えるようになった。

まあ、色んな怪しさが蔓延っている世の中、そのどこにいようかと考えたら、付録的なところは自分には向いているかもしれない。


同じカテゴリー(あれこれ清掃の仕事にまつわること。)の記事画像
浴室壁面、天井清掃
同じカテゴリー(あれこれ清掃の仕事にまつわること。)の記事
 再び掲載 【NPO法人の運営する清掃作業の現場責任者募集】 (2021-07-07 07:35)
 事業継承者募集 その後 (2021-05-07 21:35)
 浴室壁面、天井清掃 (2018-06-11 20:32)
 これからの清掃の仕事 (2018-05-07 10:33)
 清掃の仕事は、スタッフが無理なく出来るよう、段取りよく! (2018-04-20 16:46)
 床面定期清掃の今昔 (2016-10-07 11:53)
< 2025年04月 >
S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
QRコード
QRCODE
インフォメーション
長野県・信州ブログコミュニティサイトナガブロ
ログイン

ホームページ制作 長野市 松本市-Web8

アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 5人
プロフィール
KUMA
オーナーへメッセージ